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東京高等裁判所 昭和60年(行コ)93号 判決

控訴人(原告) 今村敏昭

被控訴人(被告) 横浜市長 横浜市保土ケ谷区長

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

原判決を取り消す。

被控訴人横浜市長が控訴人に対し、昭和六〇年三月一九日付けでした審査請求却下の裁決を取り消す。

被控訴人保土ケ谷区長が控訴人に対し、昭和五九年一二月二一日付けでした控訴人に関する住民票の写し交付請求書の開示請求拒否処分を取り消す。

被控訴人保土ケ谷区長は控訴人に対し、前項の住民票の写し交付請求書を開示せよ。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。との判決

二  被控訴人ら

控訴棄却の判決

第二当事者双方の主張及び証拠関係

次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示及び当審記録中の書証目録の記載と同一であるから、これを引用する。

一  控訴人

1  横浜市文書取扱規程四四条は、「各局の保管する文書及び書庫の収蔵文書は、必要に応じ、貸し出し、または閲覧に供するものとする。」と規定し、同規程三条一号は、区役所を局とみなすと規定し、同条四号は、同規程にいう文書を横浜市において取り扱う必要のある書類としている。

したがつて、被控訴人保土ケ谷区長は右規程に基づき控訴人に対し本件請求書を開示すべき義務を負つているものである。

2  住民票に記載されている事項は個人に関する情報であり、被控訴人らは、これらの個人情報が不当・不正な目的で使用されることのないよう管理すべきことはいうまでもないが、かかる個人情報の保護のためには、個人自身にも積極的に自己情報を管理する権利が認められるべきである。

控訴人としては、何者がいかなる目的で控訴人の住民票写しの交付を請求したのかを知ることにより、第三者の不正行為を未然に防止すべき必要があるので、本件請求書の開示を求めるにつき合理的理由があるというべきである。

二  被控訴人ら

1  横浜市文書取扱規程四四条及び三条一号が控訴人主張のとおり規定していることは認める。

しかしながら、横浜市文書取扱規程は行政組織内部における文書の取扱方法を規定したものであつて、市民の権利について規定したものではない。

2  住民票の写しは、住民票の記載事項を公証するものであつて、一般市民の日常生活に広く利用され、最大限に活用される機会を与えておく必要がある。そこで、住民基本台帳法は、何人でも、住民票の写しの交付を請求することができる旨を規定し(同法一二条一項)、住民票写しの請求書に関する規定は何も設けていないのである。

仮に住民票の写しが悪用されることがあるとしても、それは、住民票写しの交付の制度自体の問題ではなく、そのことから直ちに住民票写しの請求書を開示すべきであるということにはならない。

ちなみに、横浜市が住民票写しの交付請求書の開示を拒否している理由は、〈1〉右開示を求めるにつき法令上の根拠がないこと、〈2〉住民票写しの交付請求書には、交付請求の事実、交付請求の目的など請求者の秘密に属する事項が記載されており、請求者のプライバシーを保護する必要があること、〈3〉他の申請書類の開示を認めていないこととの整合性を保つ必要があることなどである。

理由

当裁判所も、控訴人の被控訴人保土ケ谷区長に対する訴えは不適法であり、被控訴人横浜市長に対する請求は理由がないと判断するが、その理由は、次のとおり付加するほかは、原判決理由と同一であるから、これを引用する。

一  控訴人は、横浜市文書取扱規程四四条、三条一号などを根拠として、被控訴人保土ケ谷区長は本件請求書を開示すべきであると主張するが、原本の存在及び成立に争いのない甲第六号証(横浜市文書取扱規程)によれば、同規程は官庁たる横浜市内部における文書の収受、処理、発送、整理、保存など文書についての内部的な取扱方法を定めた通達であつて、横浜市と市民との権利義務関係を定めたものと認めることはできない。

したがつて、右規程を根拠として本件請求書の開示を求めることはできないというべきである。

二  また、控訴人は、住民票に記載されている個人的情報が不当・不正な目的に使用されることを防止するために本件請求書の開示を認めるべきであると主張するので、この点につき判断するに、なるほど、住民票写しの交付の制度が不当・不正な目的のために悪用される危険性のあることは否定することができないが、そうであるからといつて、ただちに住民票写しの交付請求書を一般的に開示すべきであるということはできない。結局、右のような悪用防止のためにいかなる措置を講じるかは立法政策の問題であつて、法律に具体的な定めがない以上、右交付請求書の開示請求を認めることはできない。

以上によれば、控訴人の被控訴人保土ケ谷区長に対する訴えは不適法であり、被控訴人横浜市長に対する請求は理由がないから、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。

よつて、本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 森綱郎 高橋正 清水信之)

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